激しやすい人
人は多かれ少なかれ、外に出すか出さないかの違いはあれど、だれでも激することはある。
だれでも怒りを感じ、感情的になる部分があり、そのままにまかせて膨らませるのかとどめるか、表に出すか出さないかの違いはある。
わたしの身内にも、いわゆる激しやすい人はいる。
その人は常識がないわけでもなく、日常は普通であったり、むしろ穏やかなのだが、あることをきっかけに急に激し、そうなると簡単にはおさまらないのだ。
そうなった場合の後、激した人に対面した自分は、心底疲れ、その人との関係に失望感さえ覚えることさえある。
激されたことに疲れることもあるが、もともと激するようなことではない話題が一変して激した状態が起こり、修正したくてもできずに悪い雰囲気で終わることから失望感を感じる。
そして正直、そのようなことがあった後には、今後この人とはありきたりの話だけしかしないようにしようとか、関わりを減らしたり距離をおこうなどと考えるものである。
その激しやすい人と、一緒に何かをしたり、話し合ったりするのが、心のどこかでいつも怖くなり、何事も起こらないで事が済むことを願うようになる自分がいる。
いわゆる、「触らぬ神に祟りなし」の状態だ。
一緒にいるのを避けたくなるし、何か物事や仕事がしづらく、たとえまだ激していないとしても関わりを持ちたくないとさえ思うことさえある。
激しやすい人がいると、周りの多くの人は緊張感を持つものではないだろうか。
その緊張感は、その場の雰…