おとなしい人はいる。
正確に言うと、おとなしい印象を与える人であり、本当におとなしいかどうかは別問題であることに注意だ。
裏も表もなく本当におとなしい人も中に入るのかもしれないが、たいてい人には裏の顔があるものだ。
はじめての場や慣れない場では、多くの人がおとなしくなるだろう。
しばらく時をへても、あまり多人数に関わろうとしない人もいる。
人々の間であまり積極的に自ら行動しようとしない人もいる。
そうなると、その人は本当におとなしい人と周りから思われがちだ。
その人がおとなしいのにも様々な理由があるはずだ。
多人数と接するのが苦手とか、人の様子を見てしまうとか、単にペースがゆっくりであるとか。
このおとなしいと思われる人の中でも、少人数、または1対1になった時にふと素顔をあらわすことがある。
それも相手を選んでのことだ。
自分の素を見せることができると判断すると、意外なほどに自分を表現してくることがある。
それが親しくなれると判断しての友好的なものであればよい。
しかし、自分のささいな不満をぶつけたり、主張を簡単にぶつけることができると判断してのことならば始末が悪い。
人々の前ではあんなにおとなしかったのに、1対1の場面で急に強きで攻撃をしてくる人がしばしばいる。
その人は、実のところ、相手を選んでいるのである。
自分の不満をぶつけることができる、または精神的に勝つことができると判断してそうしている。
もちろん、だれにでもそうするという人もいるのだろうが、それでもやはりどこかで相手や状況を選んでいるだろう。
もしくは、おとなしく猫を被っているが、単に切れやすいというだけかもしれない。
人づきあいはどちらかというと苦手だが、どうしても人々の間に入って行きたいという場合、おとなしくしていることが多い。
しかしいったん不満を持つと、人々の中でも不満をぶつけることができる人にぶつけるのだ。
そしてその対象は、目立たない人ではなく、案外その団体やグループのリーダーだったりする。
一番上に立つ人を攻撃できる立場にいれば、その団体やグループの中での自分の立場は安泰だからだ。
自分の力ではなかなか人々とうまくやって行くことができなくても、リーダーを味方につけるので自分は守られるという仕組みだ。
おとなしく、不器用そうに見えて、何かと巧みに自分が生きて行くすべを持っているのだ。
おとなしそうに見える人、その中でも羊の皮を被った狼には、少し大きめの距離を保ち続けた方がいい。
あまり手の内を見せず、世話を焼かず、文句を抱かれることも無いような距離感がいい。
その人の、人々の間での人間関係の課題は、その人自身の問題であり、その人自身が解決して行くべきことである。
立ち入ったり、世話を焼いて解決しようとしたり、助けようとしない方がよいかもしれない。
弱く困っているように見せておいて、ギュッと掴まえられることがあるからだ。
羊の皮を被った狼にご用心。
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