神の国は来るもの
イエスがその弟子たちに教えられた祈りに「主の祈り」と呼ばれるものがある。
その「主の祈り」を伝えられる前に、イエスは次のように言われた。
「あなたがたの父は、あなたがたが求める前から、あなたがたに必要なものを知っておられるのです。」
(マタイの福音書6章8節(聖書新改訳2017))
これは、父なる神が自分に必要なものを知らないかのように考えて祈る思い違いについて言われている。
そして続けて、「ですから、あなたがたはこう祈りなさい。」と言われた。
その「主の祈り」の中に次のようにある。
「御国が来ますように」(6章10節)
「御国」つまり「神の国」は自分のところに来るものである。
世の中、人間の一般的な考えはどちらかというと、「御国」、「神の国」に行くということではないだろうか。
イエスは次のようにも言われた。
「神の国はあなたがたのただ中にあるのです。」
「御国」、「神の国」は、私たちが求める前から父なる神は私たちの必要と知っていてくださっているものだ。
私たちのよい行いの報酬ではなく、私たちの必要として私たちのところに来るものである。
それは、天では完全に父のみこころが行われているのと同じように、自分のいるこの地でも父のみこころが行われる状況でもある。
その「御国」、「神の国」は、努力や行いによって自分たちが行くというより、神に造られた者としての当然の必要として自分たちのところに来るというもの…